らいおんマインド


先週末、勉強やテニスをアナロジーにして経営や事業のメタゲームで何が重要なのかを考えていた。

自分は茨城の中高一貫校から完全なガリ勉を経て東大に合格したのだけど、そこで1番驚いたのは、開成や灘、筑駒など超一流校出身の人たちと自分が持っていた「東大」に対する意識の違い。

彼らは東大に入ることを当たり前だと思っていて、中学1年の頃からどの学部に進むかを話していた。また、入学直後の授業で全国有数の男子校出身の友人が「この先生の講義、ずっと受けたかったんだよねー!」と言っていて、教授の名前を誰一人として知らず、東大合格だけが目標だった自分との意識の差に衝撃を受けたのを今でも覚えている。

図にするとこんなイメージ。

まぁ当然、彼らも大量の努力をしてたけど、これだけ視座が違うと、経るプロセスや出せる成果は変わらざるを得ない。視座①になっていると②よりも高い行動規範が生まれ、潜在能力が発揮されやすくなり、より少ない労力で②の成果が手に入る。逆に視座②のまま、①の成果が手に入ることはないだろう。

この超一流校のマインドセットに関連して思い出したのが、今やグランドスラム優勝が現実味を帯びてきた錦織圭とマイケル・チャンコーチのエピソード。まだ錦織が世界ランキング10位~20位をウロウロしていた2011年のバーゼルの試合で、マイケル・チャンは厳しく喝を入れた。

フェデラー戦で、君は大きなミスをした。それは準決勝の後に『憧れのフェデラー選手と決勝で当たるなんてワクワクします』と言ったことだ。コート外で選手を尊敬するのは構わない。けれども、コートに入ったら『お前は邪魔な存在なんだ』と思わなければいけない。『優勝するのはお前じゃない、オレだ!』、『過去の実績なんて試合には関係ない』という強い気持ちが必要なんだ。

このマインドセットの書き換えが錦織圭の飛躍をもたらしたことは傍目に見ても明らかだった。(全仏オープンのガスケ戦は残念だった・・全英は期待したい!)

マイケル・チャンが指摘するように「勝ちたい」というマインドセットには勝利や相手への憧れがあり、多くの場合、憧れているうちはそこに辿りつけない。勝つのが当然だと思って初めて、相手を蹴散らすプレーができる。

現世界王者のジョコビッチはそのことを「チャンピオンは心の中から生まれる」と表現している。世界トップクラスの人たちにとって、夢や目標、勝利は達成「したい」ものではなく、達成「する」ものなのだろう。

そして、ビジネスにおいても事業を成功「させたい」と思うか、事業は成功「する」と思うかで、経るプロセスや出せる成果は大きく変わる。当然の結果として大きく成功「する」という気持ちで日々、事業に臨むべきだろう。

2010年の「ソフトバンク新30年ビジョン発表会」の中で語られた孫正義のビジョンの定義は違う角度からそれを伝えている。

まるでバックトゥーザフューチャーのようにタイムマシーンで未来にいって、本当に観てきて帰ってきたように語れるというか、思えるのがビジョンです。「いやあ100年後こうだったよ!300年後の俺たちの生活はこうだったよ!世界をつくるためには、じゃあ今、これをしておかなければいけないね!」ということです。未来にいって、まるで観てきて帰ってきたように語るのがビジョンです。

この視点で彼の講演を観直すと、驚くほど「未来はこうなるから、当然こうする」というトーンで話している。観てきたビジョンは実現「したい」ものではなく、実現「する」ものになっていた。

サバンナにおいてライオンが獲物の補食を当然だと思っているように、本当に当たり前のこととして、描いたビジョンは実現するもの。自分も「らいおんマインド」で進めていく。

P.S

ライオンの狩りの成功率は30%らしい。