『場所』からはじめよ


昨年バリ島にある世界的に有名なコワーキングスペースHubudに行った時にこんな席があった。

ここに訪れて思ったのは、ここで書く文章と、例えば、東京のど真ん中・丸の内で書く文章は、同じことを書こうとしても表出する文体や雰囲気は変わらざるを得ないだろうな、ということ。

ピタゴラスイッチやだんご3兄弟の産みの親、佐藤雅彦さんが紫綬褒章を受賞した時のインタビューで「作り方を作る」と表現されているけど、創作のプロセスとアウトプットは密接に関係する。

当然、創作する「場所」もプロセスの一つで、その場所の雰囲気や集う人たち、そこから入ってくる情報は否応なしに自分の思考や行動に影響を与えていく。どこにいても仕事ができるようになった現代、アウトプットにこだわる人たちが、「場所」からこだわりに行くのは今後、当たり前になっていくだろう。

そして、どの場所が正しいかよりも、どの場所がその会社や個人にしっくり来るかを考えていくことがより大切。

歴史的な男子テニスプレーヤー、アンドレ・アガシが「OPEN―アンドレ・アガシの自叙伝」の中で、設立した学校のキャンパスをウエスト・ラスベガスに決めた時のことを「それは植民者たちが最初に到着し、のちに見捨てられ、長い間忘れ去られた辺境の地である。僕らの学校が、見捨てられた歴史を持つ場所に建てられる事実が気にいる。見捨てられた子供の生活を変えたいと願うときに、それよりも格好の場所はあるだろうか?」と書いていたけど、何かをやるのに“格好の場所”を見つけられれば、その後のプロセスはずっと心強くなる。

そういう意味で、Snapがテック企業が集中するシリコンバレーではなく、エンタメの街・ロサンゼルスに本社を置いていることや、フラーが千葉の柏の葉キャンパスにいることはすごくしっくり来て良いなと思う。

人を採用する時に“カルチャーフィット”を重視するのと同じように、会社や自分の住む場所も“フィット”を意識することで、結構な幸せがそこから生まれるのではないだろうか。

才流は「集中しているけど、ゆったり感もある」雰囲気を大切にしているので、表参道のCOMMUNE 2ndでこの記事を書いてみた。